🔍 はじめに:テスト戦略を決める前に「環境」を理解せよ
ISTQB Advanced Level Test Managerの学習では、「テスト戦略(Test Strategy)」を理解することが非常に重要です。
このチュートリアルでは、プロジェクトに最適なテスト戦略を立てるために、どのような組織的・技術的・環境的要因を分析すべきかを学びます。
テスト戦略は単に「どうテストをするか」ではなく、**「なぜその方法を選ぶのか」**という根拠を持つ必要があります。
そのためには、組織の方針・プロジェクトの文脈・技術的制約など、あらゆる要素を理解することが欠かせません。
🧩 テスト戦略に影響する主な要素
以下の7つの要素が、テスト戦略の設計に大きく影響します。
1️⃣ ドメイン(業界)や規制の影響
製品やサービスが属する**ドメイン(業界)**によって、テストの重点や標準が大きく異なります。
-
医療業界(Pharma/Healthcare):
→ 患者の安全に直結するため、ユーザー受け入れテスト(UAT)が厳格。
→ リスクベースでテストケースを設計し、ドキュメントの正確性が求められる。
-
Webアプリ・Eコマース業界:
→ ユーザビリティやUIテスト、A/Bテストが重視される。
→ アクセシビリティ(WCAG準拠)やパフォーマンスも重要。
-
自動車業界(Automotive):
→ ISO 26262(機能安全)やAUTOSARなどの標準に従う。
→ 安全レベル(ASIL)に応じてテスト技法が指定される。
つまり、業界標準や法規制が、テストレベル・技法・ドキュメント形式までをも左右します。
2️⃣ 組織の目標・品質特性
組織レベルでは、テストに対して明確な**品質目標(Quality Goals)**を定義している場合があります。
例:
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「すべての製品でコードカバレッジ90%以上を達成」
-
「重大バグ(Critical Defects)はリリース前に100%修正」
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「性能は1リクエストあたり応答時間1秒以下」
-
「主要な脆弱性はゼロにする」
これらの定量的な品質基準が、プロジェクトごとのテスト方針にも影響します。
3️⃣ プロジェクト固有の目標・特性
同じ会社内でも、プロジェクトごとに異なる制約があります。
-
顧客向け個別開発(Customer-specific):
契約上の受け入れ基準(Acceptance Criteria)が厳格に定義される。
-
市場向け製品(Market Product):
市場投入のスピード重視 → リスクベースドテストで優先度付け。
-
限られた予算・短納期プロジェクト:
→ 重要な領域から優先的にテスト実施(リスクベースドテストが有効)。
→ 「すべてをテストする」より「重要な部分を確実にテストする」。
4️⃣ リソースとスキルの制約
テストリソースとは、人材・環境・ツールのことです。
これらがテスト戦略に大きな制約を与えます。
-
人材スキル:
経験豊富なテスターがいれば探索的テスト(Exploratory Testing)を導入可能。
逆に、初級者中心ならスクリプトベースの形式的テストを採用。
-
テスト環境・デバイス:
モバイルアプリではすべての端末を用意できないため、主要機種に絞る。
あるいはクラウド上の**デバイスファーム(BrowserStackなど)**を活用。
-
テストツールのライセンス制限:
ライセンス数が限られていれば、自動テストの範囲も制限される。
5️⃣ ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)モデル
テスト戦略は、SDLCモデル(開発プロセス)に密接に関係します。
|
開発モデル |
特徴 |
テストへの影響 |
|---|---|---|
|
ウォーターフォール |
段階的・静的 |
テストは後工程で実施、ドキュメント重視 |
|
アジャイル |
短いスプリント・反復型 |
継続的インテグレーション(CI)と自動テスト必須 |
|
DevOps |
開発と運用の連携 |
継続的デリバリー(CD)、TDD/BDD推奨 |
例:
アジャイル開発では、**TDD(テスト駆動開発)やBDD(振る舞い駆動開発)**を取り入れ、
「動くソフトウェアこそ進捗の指標」として扱います。
6️⃣ 他システムとのインターフェース
現代のシステムは単体では動きません。
複数システムが連携する「System of Systems(SoS)」の時代です。
例:
Eコマースサイトの場合、次のような外部連携があります。
-
クレジット決済(Visa, Mastercard, PayPalなど)
-
銀行API(NetBanking)
-
配送システム(DHL, FedEx)
-
在庫システムやCRM
これらとの統合テスト(SIT: System Integration Test)では、
外部パートナーとの調整・契約条件・データ共有方法を明確にしておく必要があります。
7️⃣ テストデータの入手と管理
テストデータも、しばしば大きな制約要因になります。
-
AI/MLテストでは「大量かつ多様なデータ」が必要(Big Dataの3V:Volume・Velocity・Variety)
-
実データを使用する場合は**匿名化(Anonymization)**が必須(GDPR対応)
-
データ作成ツールや**モデルベーステスト(MBT)**の導入も検討価値あり
例:
銀行システムのテストで顧客の個人情報を扱う場合、
実データをそのまま使うことはできません。
テストチームは「ダミーデータ生成」や「マスキング」処理を計画に含める必要があります。
🎯 まとめ:テスト戦略は「環境理解」から始まる
テストマネージャーが効果的な戦略を立てるには、
組織の方針、プロジェクトの文脈、利用可能なリソース、法規制、SDLCモデル、データ環境
といった複数の要因を総合的に分析することが不可欠です。
ポイントをまとめると:
-
テスト戦略は 組織のポリシーに整合 している必要がある
-
プロジェクトごとの制約(納期・リソース・リスク)を理解する
-
ドメインや法的要件に基づいた 現実的な戦略設計 を行う
-
データ、ツール、人材など 現場の実情を反映 させる
テストマネージャーの役割は、単なる「計画者」ではなく、
組織とプロジェクトをつなぐ戦略設計者 なのです。
🧠 具体例まとめ(業界別の違い)
|
業界 |
重点領域 |
標準・規制 |
テスト手法例 |
|---|---|---|---|
|
医療 |
安全性・トレーサビリティ |
FDA, IEC 62304 |
リスクベーステスト, UAT |
|
自動車 |
機能安全・信頼性 |
ISO 26262, ASPICE |
組込みテスト, SILテスト |
|
金融 |
セキュリティ・正確性 |
PCI-DSS, GDPR |
ペネトレーションテスト, モデルベーステスト |
|
Web/Eコマース |
UX・パフォーマンス |
WCAG, OWASP |
A/Bテスト, 負荷テスト |
|
AI/ML |
データ品質 |
ISO/IEC 23053 |
テストデータ管理, モデル評価 |
🏁 まとめの一言
「良いテスト戦略」は、優れたテスト技法よりも、優れた“文脈理解”から生まれる。

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